通された椅子に腰かけて、ホズは意識して深く息を吸った。平炉の火で暖められた空気が冷えた胸の中に入り込んでくる。家の入口の前まで運んできてくれたトールとは、そこで別れた。

トールはホズを一人残していくのが随分と気がかりな様子だったが、多少強引にお引取り願った。お人好しの上にバカが付く彼が同席しては、話がややこしくなるに違いなかった。

「冬を終わらせて、ナンナを助けたいんです」

ホズは正面を向いて、まっすぐに顔を上げた。テーブルを挟んだ真向かいにロキがいるはずだった。ゆっくりと息を吐いて、緊張でわずかに震える両手を握りしめる。

「他に頼める人がいないんです。力を貸してください」

「無理だ」

一切の戸惑いなく即座に切り捨てられて、ホズはあっけにとられた。

「ちょっと待って下さい。何か方法が――」

「無理なものは無理だよ。魔術は物理法則じゃないんだ。因果関係の証明なんてできない」

「そんな……」

ホズはとっさにそれ以上の言葉が出てこなかった。まさか、これ程にべもなく断られるとは思ってもみなかった。

顔を青ざめさせて黙り込んだホズにロキは仕方がないとでも言いたげに溜め息をついた。

「冬を終わらせたい、と言っていたな。一応、聞いておくが、今回の原因について見当は付けているのか?」

突然、話題の方向を変えてきたロキに、はぐらかされているような気もしたが、ホズは頷いて口を開いた。けれども、何も言えないまま唇を結び、しばらくしてから再び口を開いた。

「……バルドルです。冬が始まったのはナンナが越して来たからじゃありません。バルドルを傷つけないと皆が誓うことによって、冬の神(バルドル)の支配力が増大したからです」

ロキは深く頷いた。

「よくわかってるじゃないか。いいか、魔術の影響だと証明する方法は二つ」

ロキは人に説明するときの癖で、顔の前で指を二本立てた。

「一つは情況証拠を揃えること。もう一つはウケイをさせることだ」

ホズが頷いたのを確認して、ロキは続ける。

「現状、情況証拠だけで納得させることは困難だ。なにしろ、その状況証拠を揃える方法で名前が挙がってきているのがナンナだろ」

ホズは唇を引き結んだ。悔しいが、ナンナが怪しまれていることは充分承知している。

「ウケイというのは、どういうものですか?」

「ウケイ、人間は神明裁判とも言うが、要は一種の卜占(ぼくせん)だな。被疑者の怪我や火傷なんかの身体的な高負荷と引き換えに無実を証明する手段だ。例えば、矢が当たれば有罪、外れれば無罪とか。煮え立つ湯の底から指輪を拾い上げられれば無罪、成功しなかったり、火傷がいつまでも直らないようなら有罪、とか」

「それなら、ナンナの無罪は証明できるわけですね」

「彼女の無罪だけならな」

ホズは難しい表情で頷いた。恐らく、それでは片手落ちになってしまう。冬の原因をきちんと証明しないと、またあらぬ方向に疑いが向けられるだろう。バルドルは災いのイメージと遠すぎるのだ。

「あらゆるものが『バルドルを傷つけない』と誓約した以上、バルドルにウケイをさせることは無意味だ。どんな条件で臨もうと、『バルドルは無罪』という結果しか出ないからな」

誓約に反してバルドルを傷つけることができないことは身に沁みてわかっている。実際にやらされたのだから尚更だ。

「誓いを破る方法は……」

「ない」

簡潔に断言されて、ホズはため息をついた。ロキは気を取り直すように若干ふざけた調子で言った。

「まあ、オーディンよりも魔力が強い奴ならできるかもしれないが、あいにく知り合いにそんな奴はいないな」

「奇遇ですね。僕もです」

ホズは肩をすくめて天井を仰いだ。

「そもそも、僕が原因なのかもしれません。僕がバルドルを殺すと予言されたから、母は様々なものから誓いを取り付けようと考えたわけですから」

「それを言うなら、事の発端はバルドルが悪夢を見始めたことだろう」

「だったらなおさら、後始末は自分でつけさせます」

「その覚悟は結構だが、残念ながら方法がない」

ホズは押し黙った。そんなことはないと言いたかったが、言い切れるだけの根拠も自信も持ち合わせていなかった。

「ナンナを助けるだけなら、彼女にウケイをさせればいいだけだ。なぜ、そこまでバルドルにこだわる?」

「さぁ、どうしてでしょうか」

自分が原因のような気がしているから? 他の人に疑いの目が向くのが忍びないから?

きっと本当の理由はそんなに複雑なものじゃない。きっと、もっと単純なこと。きっと、もっとどうしようもないこと。

「たぶん、僕は、……兄が嫌いなんです」

ホズは溜息をつくようにふっと笑った。

ロキが口を開いて何か言う前に、バタンと盛大な音を立てて扉が開いた。元気な二人分の足音が駆け込んでくる。子供たちが帰ってきたのだろう賑やかな笑い声に、自然とホズの頬が緩んだ。この辺が潮時なのかもしれない。ホズは椅子を引いて立ち上がった。

「どうするつもりだ」

ロキに訪ねられたホズは首を傾げて、少しの間考え込んだ。

「そうですね、どうにも諦める気にはなれませんから、なんとか間に合うように探してみるつもりです。父より魔力の強いものか、母が誓いを立てさせていないものを」

それに、とホズは続ける。

「予言が本当なら、バルドルを止めるのは僕みたいですから。きっと今は見えてないだけで、何か方法はあるんだと思います」

「なぁ、ホズ」

幼い声に話しかけられてホズは笑顔で応えた。

「はい、なんでしょう?」

「それって、あのヤドリギのことか?」

唐突なナリの言葉にホズが面食らっていると、ナルヴィが両手をぱちんと合わせて声を上げた。

「ああ! フェンリルにぃが言ってたね!」

嬉しそうなナルヴィにナリが頷いてみせる。

「一体、なんのことですか?」

さっぱり話が見えなくて、しきりに首を傾げるホズの両脇から兄弟が言い募る。

「ヴァラスキャルヴの西のね、大きな木のとこ!」

「だからさ、探してるんだろ?」

「すごくちっちゃいの」

「この前のやってないやつ!」

「諦めて帰ったんだって!」

「ってか、できなかったらしい」

「僕たち、知ってるよ。行こう!」

「え、あの……」

ナルヴィに手を引かれたホズは、助けを求めてロキの方へ顔を向けた。

「なるほど、予言、か」

口の中で呟いてロキはホズの肩に手を置いた。

「行くぞ」

「あの、だから、どういうわけで?」

戸惑うホズにロキは肩をすくめた。曲がりなりにも親、と言うべきか。ロキは先程の兄弟の話で、事情を飲み込めたらしい。

「あったんだよ、『フリッグが誓いを立てさせていないもの』が」

途端にホズの顔が引き締まる。

「力を、貸してもらえますか?」

「お安いご用さ」

今度こそロキは、にやりと笑って答えた。

湖に落ちた雪が、水を吸って半ば凍り、半ば溶けて岸辺に沿って浮かんでいる。そのみぞれのような分厚い雪の層の上に、さらに粉雪が降りかかる。舞い落ちる粉雪は目に見えないほどゆっくりと、しかし確実に積雪の厚みを増していく。

静かに櫂を突き入れられ、雪辺は音もなく、するすると解けて湖の上を漂っていく。あちらこちらにみぞれ雪の浮かぶ湖の上を小さな舟が進んでいく。暗い水面に、煤けた灰白色の雲が写り込んでいた。

雲の浮かぶ湖と空の真ん中で、葉を落とした(なら)の巨木が枝を広げている。傍らには小山のような灰色の狼を従え、枝の上の方には小さな黄緑色の冠を頂いている。何もかもが灰色の濃淡に見える世界の中で、その丸い冠だけがやけに鮮やかだった。

ざり、と舟底が小石を噛む音がして、舟は楢の木と狼の待つ中島に乗り上げた。舟から降りた子供たちが、わあっと歓声を上げて狼の脇腹に飛び込む。ぽすっ、ぽすっ、と柔らかな音を立てて異母弟を受け止めた狼は耳を立て、ぱたんと一度だけ尻尾を振った。

半ばまどろみながら瞼を持ち上げたフェンリルは、見慣れた子供に混じって見慣れない大人がいるのに息を詰めた。血液が体中の血管を押し広げながら駆け巡る感覚に、あっという間に脳が覚醒していく。

――何かが起こったのだ。いや、何かが起こされようとしている。

「よう」

黒髪の男が何の気なしに右手を上げて見せた。

「何をしに来た」

フェンリルは耳を伏せ、低く唸った。こいつに関わると碌なことがない。

「あのね、ヤドリギ!」

「ヤドリギがいるんだ!」

正面の男からではなく子供たちから声が上がって、フェンリルは幾分か声を和らげた。

「ヤドリギ?」

フェンリルが目を瞬いて聞き返す。ナルヴィは頷き、ヤドリギを指さして言った。

「そうだよ。ねぇ、あれ?」

「何がだ?」

不思議そうに首を傾げる狼に兄弟は口々に言いつのった。

「この間のやつ!」

「言ってただろ、誓いが上手くできない奴がいたって!」

「フリッグ、諦めて帰っちゃったんでしょ!」

ナリとナルヴィの補足説明にフェンリルはようやく得心して頷いた。

「それなら確かに、あのヤドリギだ」

と、同時に疑問が沸いてきてフェンリルは再び首を捻った。

「あんなもの、一体何に使うんだ?」

「ホズが要るんだってさ」

振り返ったナリの視線を追って、フェンリルもホズを見やった。黒い目隠しごしに、がっちりと目が合ったような気がして鼓動が跳ねる。おそらくは慣れと耳の良さに由来するものだ。話し声から相手のいる位置を判断しているのだろう。

「あのヤドリギを使って、冬を終わらせます」

ホズは異常に早く訪れた冬の原因としてナンナが疑われていること、けれども真の原因はバルドルであると思われること、そのことを証明すると同時に冬を終わらせるためにバルドルにウケイをさせるつもりであることを説明した。

フェンリルは尻尾をぱたぱたやりながら気のない様子をよそおっていたが、ホズが説明を終えると一つため息を吐いた。

「それで、その後はどうするんだ?」

「えっ?」

ホズが面食らった顔をするのに、フェンリルは深い溜息をついて重ねて言った。

「ウケイが成功したとして、その後はどうするつもりだ。周りの神々は悲嘆にくれる者、怒り狂う者など様々だろうが、バルドルが死んだ瞬間から全員お前の敵だ。冬さえ終わらせれば自分はどうなっても満足か? わたしだったら、そんなのは真っ平御免(まつぴらごめん)だな」

ふん、とフェンリルが鼻を鳴らす。ホズは思いもよらない問いにとっさに答えが出てこないようだった。一匹と一人の様子にロキが肩をすくめる。

「それは俺も真っ平だな。そう言うわけだから、協力を願いたい」

フェンリルは前足を上げて、そこに掛けられた細い紐を示して見せた。紐は前足だけではなく身体のあちこちに掛けられ、絡まっている。

「こんな状態で何ができると?」

刺々しい声で言って、フェンリルは絡まった紐を振り払うように全力で身体を振った。それでも紐はビクともしなかった。ナリやナルヴィが引っ張っただけでも切れそうなくらい華奢で、か細い外見にもかかわらず、だ。

「協力してくれるなら開放してやるよ?」

「条件は何だ」

軽い調子を崩さないロキに対してフェンリルは耳を伏せて唸った。ホズと兄弟は話の行方にハラハラしながら様子を見守っている。

「そう警戒しなくても。言っただろ、条件は協力だよ」

「具体的には?」

「ホズとナンナの逃亡を助けること。悪い話じゃないだろ?」

(たばか)り事は神の十八番だからな」

フェンリルは牙を剥きだして低く唸った。彼の全身に絡みついた細い紐こそ、神々が彼を謀った証拠だった。

最初のうち神々は、フェンリルをこの中島(リユングヴィ)に閉じ込めるだけで満足していた。けれども、フェンリルが馬よりも大きくなった頃から、彼らは不安に駆られるようになった。

――このままリュングヴィに放しておけば、いずれ狼は牙を剥き、湖を超えて襲い掛かってくるだろう。何とかして狼を拘束することはできないだろうか。

そこで神々はフェンリルを捕縛するために革の戒め(レーディング)という鎖を作り出した。できあがった鎖を掲げ見せながら、オーディンがフェンリルに呼ばわった。

「見よ、素晴らしいだろう。我々の技術の粋を集めて作った鎖だ。あのトールの怪力でさえ壊すことはできなかった。我々はこれをレーディングと名付けた。あんたは随分と力自慢のように見えるが、どうだろう、一つ力試しをしてみないか」

フェンリルは小馬鹿にしたように笑って応えた。

「見るからに貧弱そうな鎖を持ちだして何を言うかと思えば。いいでしょう、そのような鎖、簡単に引きちぎってご覧に入れますよ」

神々は喜々としてフェンリルに鎖を掛けて縛り上げた。これで一安心と胸をなでおろしたのも束の間、フェンリルは宣言通りにいとも簡単にレーディングを引きちぎってしまった。

肝を潰した神々は内心冷や汗を垂らしながら、すごすごと退散した。そして、より頑丈な鎖、筋の戒め(ドローミ)を作り、再びフェンリルの前に立った。

同じようなやり取りの後、フェンリルはドローミをも易々(やすやす)と引きちぎってみせた。

それでも神々はフェンリルの捕縛を諦めなかった。

三度目のやりとりの時に神々が持ってきた貪り食うもの(グレイプニル)は、いかにも華奢でか弱そうな細い紐だった。

ドローミを破壊され、いよいよ追い詰められた神々は小人(ドヴェルグ)を頼ったのだ。この紐は材料に、猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液を使って造り出された『力では決して切れない紐』だった。これらの材料が今でもほとんど見られないのは、グレイプニルを作るためにドヴェルグ達がほぼ全て使ってしまったからだ。

しかし、三度目の『力試し』にフェンリルは乗らなかった。彼はグレイプニルを見て、せせら笑った。

「そんな細い紐を引きちぎったことを自慢すれば、わたしは皆からよっぽど力のないものなのだと思われるでしょうな。それにどうやら、あなた達の目的は力試しではなく、わたしを縛り上げることにあるようだ」

「いや、そんなことはない。もしも、あんたがこの紐を抜けられなかったら、確かに紐を解いて開放すると約束しよう」

「では約束の証に、わたしが縛られている間、わたしの口にあなた達の誰かの手を入れておいてもらいましょう。ないとは思いますが、万が一、あなた達が約束を違えた場合、すぐに噛み切ることができるように」

「いや、それは……」

言いよどんだオーディンにフェンリルはぴしゃりと言い放った。

「ならば、この話はなかったことにしてください」

おだてられても、罵られても、フェンリルは泰然として神々に乗せられたりはしなかった。困り果てた神々の中からテュールが名乗り出て、フェンリルが縛られている間、その口の中に右手を入れることを了承した。

さて、結果はご承知のとおりである。狼を捕縛したことに笑いさんざめく神々の中で、フェンリルはせめてもの報いとしてテュールの右手を食いちぎった。

「あんたを謀ったのは俺じゃない」

両手を腰に当てて顎を逸らすロキにフェンリルは、ふんと、鼻を鳴らすことで答えた。

「どうだか」

「そう言わずに協力してくれませんか?」

フェンリルは、ちらりとホズを一睨みして、すぐにロキに視線を戻した。

「第一、逃亡を助けるなどと簡単に言うが、具体的にはどうするつもりだ? アスガルドからの脱出自体は可能だとしても、相手は千里眼だぞ。どう対処する」

「千里眼って言ったって、全ての情報が一度に入ってくるわけじゃない。あんただって、頭の後ろは見えないだろ。要は、相手が探さないような場所に上手く隠してやればいいんだよ」

「さっきから、あんたは何一つ具体的なことを言っていない」

眉間にしわを寄せてフェンリルが唸った。

「じゃあ、こうしよう」

面倒くさくなったのか、ロキの声はかなり投げやりな調子だった。

「今、この場で俺があんたを開放する。日没前にヴィーグリーズでバルドルにウケイをさせるから、来るか来ないかはあんたの自由だ。逃亡先はその時にホズに訊け」

「そんな話に、わたしが乗ると思うのか?」

「さぁ? 俺はあんたじゃないから、わからないな」

ロキは首を傾げてフェンリルの首に掛かっているグレイプニルを引っ張った。抵抗もなく伸びるグレイプニルに腰から抜いた短剣を滑らせる。赤みがかった短剣の刃が触れた部分が炎を上げて焼き切れた。前足や後ろ足に掛けられた部分も同じようにしてグレイプニルを焼き切っていく。

ロキが数歩さがって自分を見上げるので、フェンリルは立ち上がって身体を震わせた。細切れになったグレイプニルの残骸が身体から離れて散っていく。肺いっぱいに空気を吸い込める開放感に涙が浮かんだ。

「それから、あんたの首にある刻印。ウケイが成功したら、恐らく一瞬オーディンの意図が途切れる。その時ならあんたの意志次第でどうにでもできるはずだ」

「協力するとは言ってない」

フェンリルが渋い顔をするのもロキは取り合わない。

「その話はさっき聞いた」

「なぜ、他人のためにここまでする?」

ロキは一瞬動きを止めて考える素振りを見せた。だが、すぐにそれを誤魔化すように肩をすくめた。

「俺は寒いのが嫌いなんだよ」

フェンリルは何も言わず、しゃあしゃあと嘘を吐いた男を睨みつけた。

「あの、嫌なら大丈夫です。僕がなんとかしますから」

横から掛けられた遠慮がちな声に、フェンリルは哀れみの目を向けた。なんという頼りなさだろう。これほど信憑性のない「大丈夫」を聞いたのは初めてだ。

「まったく、あなたって人は……」

「すみません」

ため息をつくフェンリルに、ホズは首を傾げつつ謝罪の言葉を口にした。

「さあ、話は終わりだ」

フェンリルに背を向けて歩き出したロキに対しても、ホズは声をかけた。

「ロキ、あなたもです。ここから先は、僕一人でもなんとかできます。反感も買うでしょうし、下手を打てば、いの――」

口元に風圧を感じたホズは続く言葉を飲み込んだ。ホズを制するようにロキが片手を上げていた。ホズが再び口を開く前に、ナリとナルヴィが駆け寄ってきた。

「ヤドリギ!」

「取ってきたよ!」

「ふにゃふにゃ!」

「これ、どうするの?」

「どれ、貸してみ?」

手を差し出しながらロキが言う。

「はい!」

ナルヴィが元気よくヤドリギを渡した。

「ロキ!」

話題を逸らそうとするロキを咎めるようにホズが鋭く名前を呼んだ。けれども、呼びかけられた方は気にした風もなく抑揚のない平坦な声で答える。

「あんたをヴァラスキャルヴから運び出した時から覚悟はしてるよ」

ひょい、と肩をすくめて、ロキは子供たちへと向き直った。

「さあ、家に帰って工作するぞ!」

「おおー!」

「なに作るのー!」

立ち尽くすホズの左手を小さな手が握った。見えないと知りながらも、ホズは左へと首を巡らせる。

「決めたなら、振り返っちゃダメだ」

「ナリくん」

聞こえてきた幼いながらも芯の強い言葉にホズは息を呑んだ。

「だろ?」

「はい」

いたずらっぽく語尾を釣り上げての確認に、ホズは左手を強く握り返すことで応えた。

さて、ヤドリギのエピソードは北欧神話ファンなら皆さんご存じかと思いますが、北欧神話を知らずにこの小説を読んでくださっている方は、どこの時点で「あっ!」とお気づきになれられましたでしょうか。

自分としては、『二十二、冬神と誓約』で、なかなかに上手いこと伏線を入れられたと思って、一人でしたり顔をしながら書いていたものです。

ただ、推理してもらうのが目的ではないので、問題提起→答え合わせは、間を置かずにとっとと行ってしまいました。

今回の話を読んで「確かにそうだったよ!」と、思ってもらえたなら大成功です。

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