その日もナリとナルヴィはリュングヴィを訪れていた。

 フェンリルのいなくなった中島は必要以上にがらんとしている。湖の支配者のように枝を広げる(なら)の木は、ヤドリギの冠も、巨狼の従者も失い、心なしか寂しそうに見えた。

 二人は、すっかり葉の落ちた楢の木に寄りかかって腰を下ろした。見上げれば、空のほとんどがどんよりとした重たい雲に覆われていた。分厚い雲のあちらこちらに僅かにできた切れ目から太陽の光が垣間(かいま)見えた。

 フェンリルがリュングヴィを去ってからというもの、気候は緩やかに回復しつつあった。けれど、漏れ出している陽光は、暖を取るには弱々しすぎる。大きな温かい体とふわふわの柔らかい毛皮が恋しかった。

 フェンリルのいない空間を見つめてナルヴィがぽつりと呟いた。

「フェンリルにぃ、元気かな」

「大丈夫だろ」

「どこにいるんだろうね」

「さぁ……?」

 ぽつぽつとした会話はそこで途切れてしまった。普段ならフェンリルに今日の出来事やこれからやるつもりのことをいくらでも捲くし立てられるのに、聞いてくれる相手がいないと思うと話す気にもなれない。

 それに、気がかりなことはもう一つあった。

 巫女の予言の三十四節から三十五節。

『さて、兄は弟に引き裂かれ、弟は裁定者によって引き裂かれ、引き出された(はらわた)黒き蛇(てつのくさり)へと変ず。ナルヴィの(いまし)めを(よじ)れば捩るほど、腸からできた紐はますます固く(しま)るばかり。

 霧深き森に災いを次々に企むロキに似たものが縛られ横になっているのを、わたしは見た。シギュンは夫の身を案じてそばに(すわ)っている。おわかりか』

 初めて聞いたときには、言葉の意味自体がわからなかった。今は詩の意味するところもちゃんとわかっている。予言の実現がもう直ぐだということも。

「ねぇ、ナリ」

「なんだよ」

「予言が本当なら、僕たちはどうして生まれてきたんだろう」

 大人になることもできずに、親を縛り付ける為だけに短い生を終える。産まれなければ、こんなふうに思い悩むことも、死してなお両親の枷になることもなかった。いいや、そもそも産んでくれなんて頼んでない。

「だからさ、母さんがいつも言ってるだろ」

 ナリは呆れ顔でため息をついた。後に続く言葉がわかって、ナルヴィはナリと声を合わせる。

「あなたたちは、幸せを知るために生まれてきたの」

 暗に明に、手を変え品を変え、幾度となく伝えられてきた。

 楽しんだり、わくわくしたり、ドキドキしたり、面白いと感じたり、美味しいものを食べたりすることは、もちろん幸せだ。

 だけど、それだけじゃない。

 誰かが隣にいてくれること、誰かの隣にいられること。間違いを素直に認められること、認めた人を受け入れてあげられること。そうやって、誰かと一緒に生きること。

 短くても充分に幸せだったし、存分に楽しんできた。それでも、胸を塞ぐような感じはなくならなかった。頭ではわかっているのに、感情はいつだって身勝手だ。「納得できない!」と言わんばかりに、体にまとわりついて離れない。

「ねぇ、来たよ」

 ナルヴィが対岸を指差すのに、ナリも頷いた。

「ああ、来たな」

 湖畔の向こうに隻眼の老人の姿が見えた。二人は楢の木陰から立ち上がった。

 時が来た。

 予言の意味を知った時には、なぜわざわざ生んだのか、と親を恨んだ。なぜわざわざ教えたのか、と彼らを憎んだ。

 けれども、何も知らずに怯えるよりは、覚悟を持って立ち向かえる方がいい。

 知っているからこそ、たくさんの

「今この瞬間」を大事にしてきた。知っているからこそ、見逃しがちな小さな喜びを大切にできた。

「怖いか」

 ナリが弟の手を握る。ナルヴィは小さく頷き返した。

「……うん」

 ナリはナルヴィに大丈夫だ、とは言えなかった。嘘はつけない。代わりに握った手に、ぎゅっと力を込めた。

「オレがついてる」

「うん」

 兄の手をナルヴィは同じように握り返した。

 手を繋いだ兄弟は、呼ばれるのを待たずに裁定者の元へ歩き出した。

 

「そろそろ来ると思ってたよ、オーディン」

 玄関扉を開けたロキは、重々しい雰囲気を纏ったオーディンを笑顔で迎えた。オーディンの後ろではナリとナルヴィが唇を引き結んだ、完全に覚悟を決めた顔で立っていた。

「息子たちを送り届けてくれてありがとう」

 ロキが子供たちに向かって伸ばした手をオーディンは杖で牽制した。

「そんな理由で、わしがここまで来た訳ではないと、解っているだろう。謀殺の責任は取ってもらうぞ」

 ロキは何も答えずに笑みを深めた。目だけがギラギラとオーディンを睨みつけている。

「我が子を失うとは、どういうことか、お前には到底理解できまい。……だから、教えてやる」

「ご親切にどうも。残念だが、ご教授願いたいとは思わないね。それに、」

 訝しげに睨むオーディンを気にせず、ロキは言葉を続ける。

「最後の好機を棒に振っていいのか?」

 オーディンの目が微かに揺らいだ。

「最後の好機だと……?」

「わかってるだろ。巫女の予言、第三十四節。俺は今までどんな些細なことでも、彼女の予言が外れたところを見たことがない。だが、あんたがしようとしていることをやめれば、予言は外れる。ラグナロクについてだって、予言された未来であっても変えられるって証明になる! どうだ? 実に簡単だろう?」

「それで、野放しになったお前はどうする? すぐにヨトゥンヘイムへ赴いて巨人族を先導するのか? それとも、ニブルヘイムで死者の軍隊を組織する方が先か? いずれにしても、ラグナロクの訪れが早まるだけではないのか?」

 オーディンは片方の口の端を上げ、皮肉げな表情を浮かべた。

「いいや、ロキ。お前の口車には乗らぬ」

 ロキは大して残念そうな様子も見せず、肩をすくめる。

「そう言うだろうと思ってたよ」

 瞬間、二人の間に閃光が走る。咄嗟に後退ったオーディンは難を逃れた。目の前でロキが抜身の剣をオーディンの喉元に向けて構えていた。

「……なんの真似だ」

「あんたの真似だよ」

 ロキは、もう笑ってはいなかった。それまで黙って成り行きを凝視していたナリとナルヴィが、ただならぬ雰囲気にそろそろとオーディンから離れていく。

 その様子を視界の端に収めたロキが切っ先を下げぬまま言う。

「ずっとあんたが羨ましかった。絶望することなく予言に(あらが)おうとするあんたが。だから最後くらい、もう一度予言に抗ってみたくなってさ」

「できるとも思っとらん癖に、戯言を」

 オーディンが剣の柄に手をやり、ロキが一歩踏み込んだのを合図にナリとナルヴィが駆け出す。金属同士がぶつかり合う甲高い音が辺りに響き渡った。

 剣戟の中、ロキが一気に間合いを詰める。ロキの掲げた切っ先が喉元めがけて振り下ろされる。瞬間、オーディンが素早い動作で右手を上げた。投げ出された彼の剣が地面に当たって抗議の音を立てた。

 時が、止まったようだった。

 ロキの剣はオーディンの首に触れる寸前から動かず、ナリとナルヴィは駆けて行く姿勢のまま固まっていた。

「遊びは終わりだ」

 オーディンの有無を言わさぬ声が響く。

「子を失う親の気持ちがどのようなものか、そこでじっくり見てるがいい」

 ロキはギリギリと奥歯を噛んだ。莫大な魔力に絡め取られて声さえ出せない今、歯噛みすることだけが彼にでき得る全てだった。

「弟に兄を殺させるのは良いアイディアだったなぁ、ロキ?」

 オーディンがゆっくりと右手を引いた。背後でナルヴィが、がくりと膝から崩れ落ちる。

 一つ一つの動作を見せつけるようにオーディンが右手を動かしていく。その都度、まるで見えない糸に繋がれているかのように、ナルヴィの身体が(うごめ)き変わっていく。

 皮膚の下で虫が張ってでもいるかのように表皮が波打ち、喉元からは獣の呻き声のようなグルグルという音が響く。ナルヴィのうずくまった身体が小刻みに震える。

 それはまるで、身の内を這いずり回る虫が一斉に皮膚を食い破って出てきたようだった。狼の体毛がナルヴィの全身を覆い尽くし、骨格を変形させる耳を塞ぎたくなるような音が響く。

 ロキは瞼を閉じることも、目を逸らすこともできずに、ただひたすら息子が狼に変わっていくのを凝視していた。

 静かになったナルヴィが鎌首をもたげるように顔を上げた。もはや、そこには幼い子供の面影は微塵も残っていなかった。

 オーディンが魔力を解くように右手を開く。ナルヴィは弾かれたように動き出し、兄の喉笛に噛みついた。鋭い犬歯が柔らかい皮膚を引き裂き、鮮血が飛散する。狼に飛びかかられ、ナリの体は地面に引き倒された。

 衝撃と痛みに少年の体が不自然に脈打つ。見開かれた目はぼんやりとしていて、端から見ていても焦点があっていないのがわかった。それでもナリは手探りで狼の頭を探り当てると、それを大事そうに、愛おしそうに、そっと撫でた。

 狼は獲物の息の根を止めるべく顎に更なる力を入れ、噛みついたままで頭を振った。狼を撫でていたナリの手が外れ、ぱたりと力なく地面に落ちる。

 オーディンは口の端を吊り上げて、にんまりとした笑みを浮かべた。

「ああ、なんたること。兄弟殺しは大罪だ。これは罰を与えなければなるまいな?」

 オーディンは自身の剣を拾い上げると、未だ兄の喉元から離れずにいる弟の首を一刀の元に切断した。目を見開いたままの獣の頭を残して切り離された体が、どさりと音を立て地面に崩れ落ちる。噴水のようにあふれ出した鮮血が、地面に鮮やかな飛沫模様を描く。

 大きく胸を膨らませ、ゆっくりと息を吐いたオーディンが口を開く。低くしわがれた声は酷く満足げだった。

「さて。では、感想を聞こうか?」

 剣を振り上げていたロキの両腕が、だらりと左右に垂れる。魔力による拘束を解かれても、ロキは相変わらず瞬きもできずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 オーディンは待った。バルドルを殺したことの申し開きを聞きたいのか。子供を殺されたことへの恨み言を聞いて、確かに復讐できたと思いたいのか。それとも、何かもっと別の言葉を望んでいるのか、オーディン自身にもよくわからなかった。

 やがて、顔を俯けてロキが口を開いた。

「ずっと、予言は覆せないって教えてきた。お前らは死ぬ。覚悟しとけって。それなのに、最後の最後に言動を(ひるがえ)して、挙句の果てにこの様だ。笑えるよ」

 顔を上げたロキが真正面からオーディンに視線を向ける。

「殺せ」

「同じことを二度言わせるな。きさまの口車には乗らぬ」

 ロキは心底不思議そうな顔をして首を傾げた。ここで殺しておけば予言は実現しないのに、一体全体、何がオーディンの手を止めるのか。

「言っただろう。我が子を失うとは、どういうことか教えてやる、と。せいぜい今の気持ちを噛みしめるがいい」

 ロキは右手に持ったままだった剣を鞘に納めた。鞘ごとベルトから外して剣を地面に放る。ロキは両手を上げて肩をすくめた。口元には笑みを引いている。

「そう簡単に苦しみを終わらせてたまるか、ってか?」

 オーディンは何も答えずに剣先で地面に魔法陣を描き、狼の腹に剣を突き立てて、中から腸を引きずり出した。

 その様子を眺めながら、無感動というよりは、いっそ楽しげにロキが話し始める。

「最後の最後にあんたは選択を間違えたな。まあ、たぶん俺もこれまでに色々間違えてきた」

 オーディンは黙々とナルヴィの腸を魔法陣の上に乗せ、低い声で呪文を唱え始めた。

 ロキはかまわず喋り続ける。

「結局、予言された未来は今までに一度も変えられたことがない。これから変えられることも無いんだろう」

 魔法陣の上で、ナルヴィの腸が黒い鎖に変化する。鉄の鎖を取り上げて、オーディンはロキを縛り上げた。

 冷たい感触にロキが思わず身じろぎする。鎖は絞まるばかりで、ちっとも(ゆる)まない。

 それどころか、血の繋がったものでできている以上、ロキの魔術では抜けることも破壊することもできない。それでもロキは顔色一つ変えなかった。

「なぁ、オーディン。ラグナロクに向けて、俺は今までずっと準備してきたよ。あんただってそうだろう」

「黙れ」

 オーディンの言葉をロキは笑顔で受け流した。

 オーディンは何よりも予言の実現を恐れ、誰よりも予言の阻止に尽力してきた。それなのに今、他ならぬオーディンによって最後の布石が置かれようとしている。

 結局、最初から最後まで予言に振り回されている彼を、ロキは少しだけ哀れに思う。

「……ラグナログ、楽しみだな」

 言いたいことはすっかり話してしまったのか、それ以降はロキも一言も喋らなかった。

 

 玄関扉のすぐ脇で一部始終を見ていたシギュンは、胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。

 わかっていたことだ。覚悟していたことだ。

 それでも、あふれ出る涙は止められなかった。

 運命、予言と言えば聞こえは良いが、抗えないそれはむしろ呪縛のようだ。

 心を落ち着けるために、シギュンは何度も息を吐いては吸うことを繰り返した。けれど、彼女は泣き崩れてはいなかった。

 こうなることは知ってた。それに予言にはまだ続きがある。こんなところで、立ち止まってはいられない。

 袖口で涙をぐっと拭うと、シギュンは扉を開いて外へ出た。すでにオーディンとロキの姿は見当たらなかった。どうせ予言のとおりに行動しているのなら、行く先は見当がついている。

 地面に転がっている幼い体を見下ろして、シギュンは大きく息を吸った。むせ返るような血の匂いに、えずきそうになる呼気を必死で飲み込む。涙が頬を伝った。

 早く埋葬してやらなければ。悲しんでいる時間など、今の私には用意されていないのだから。

 

 ロキは吐き出しかけた溜め息を飲み込んで、氷柱(つらら)のような鍾乳石に縛り付けられた蛇を忌々しげに睨んだ。別に殊更に蛇が憎いわけではない。そりゃ、自分に向かって延々と毒液を滴らせる蛇は確かに憎いが、現在ロキの心を占める問題はそんなことではなかった。

 第一、オーディンの置き土産である蛇の毒は、ロキに降りかかってはいなかった。滴り落ちる毒は全て、シギュンが支える水瓶の中へと消えていった。

 問題は、その水瓶の中にシギュンの涙までもが、こぼれ落ちていっていることだ。

 これほど両腕が自由に動かせないことをもどかしく思ったのは初めてだった。例の鎖で磐座(いわくら)に締め上げられた体は指先を動かすくらいが精々で、いくら身をよじったところで鎖の締め付けがきつくなるばかり。すすり泣くシギュンを抱きしめることはおろか、髪を撫でることさえ出来ない。ただ顔を見るのでさえ、腹筋に力を込めて頭を持ち上げなければならなかった。

 ロキは零れそうになる吐息を唇を固く引き結んで押し留めた。ここでため息をついてしまえば、シギュンを酷く傷つけるだろうことは簡単に予想できた。たとえ、その原因が彼女ではないとしても、だ。

 言葉で慰めようにも、一体全体なにを言えばいいのか。暗澹(あんたん)たる思いに息を吐き出したくなるのをまた堪える。まさか、嘆息しないように耐えるのが、これほどの苦痛だとは夢想だにしなかった。

「シギュン……」

 名前を呼んだはいいが、次の言葉が出てこなかった。結局自分には何も出来ない。

 滴る(シギュン)だなんて皮肉な名前だ。もしも彼女が、もっと違った名前を親からもらっていたのなら、別の村に生まれたなら、あるいは自分が、最後まで彼女の好意を突っぱねられたなら。きっと彼女は、こんなところで惨めに毒を受け止めるのではなくて、人並みで平凡で、そして今よりもずっと幸せな人生を持てたのだろう。

 過ぎたことだ、まったくもってくだらない。ロキは目を閉じて深く息を吸った。益体もないことを考えるのはやめて、代わりに彼女の慰めになるような言葉を探す。

 額を水瓶に押し付けて下を向いたままのシギュンが、ぽつり、ぽつり、と口を開いた。

「知ってた? 私ね、最低な女なの。母親として失格なの」

 ロキは肯定も否定もせず、黙って彼女の話に耳を傾けた。

「私、知ってたよ。二人が悲惨な死に方をすること。あなたを苦しめること。それでも、止めなかった。止められなかったんじゃない。止めなかったのよ」

 喋っているうちに気が高ぶってきたのか、段々とシギュンの声が大きくなっていく。

「本当は産まないことだって出来た。そうすれば、あの子たちは兄弟で殺し合わされるなんて目には遭わなかった。そんなこと、初めからわかってた。わかってたのよ! それでも、私はあの子たちを産んだ。あの子達のためじゃない。私のため。私が、単に私が子供が欲しかったから!」

 言い終えたとき、シギュンは肩で息をしていた。頬は上気し、目は涙に濡れていた。静謐(せいひつ)だった洞窟は突如として、怒りと共に吐き出された呼気の、たゆたうような反響音に満たされた。

 ロキはしばらくの間、周囲に漂う音に身を浸していた。

 反響音が全て払拭され、洞窟が再びからっぽになった時、ロキはおもむろに口を開いた。

「シギュン。お前は俺が何度止めても、俺のそばにいることをやめようとしなかったな」

 シギュンは顔を上げて、ぼんやりとロキを見つめた。ロキは唯一自由になる口を動かし続けた。

「それが答えじゃないのか」

 不思議そうにシギュンが首を傾げる。

「どういうこと……?」

「俺だって知ってたよ。いずれこうなることは。お前に辛い思いさせるって。だから必死になってお前のこと止めただろ。それでもお前は、俺のそばにいたがった。それが、お前にとっての幸せだったんだろ。あいつらだって同じじゃないのか」

 シギュンが弱々しく首を横に振った。

「私、は――」

「シギュン、今日まで俺の隣にいてくれてありがとう」

「わたし……、」

「答えはわかってるけど、それでも、聞かせてくれ。お前、今、幸せか?」

 シギュンの目からぼろぼろと大粒の涙が次から次へとあふれだした。

「私、今が一番幸せ。何があっても、あなたの隣にいるのが、一番幸せ」

 むせび泣きながら、それでもしっかりとシギュンは言い切った。

 ああ、本当に――。

 なんとかシギュンに触れられないかと身をよじりながら、ロキは唇を噛んだ。懸命に指先を伸ばしても届く気配さえない。手を握ることも、肩を抱き寄せることもできない。

 恨むぜ、オーディン。

 ロキは吐き出したくなる溜め息をぐっと飲み込んで一人腹の底に沈めた。

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