キコが見る限り、敷島が示したサイトは極々普通の趣味のサイトと言った感じだった。ただし、個人サイトが全盛期だったのは、もう一昔以上前で、今時SNSとの連携もしていないければ、ブログとも繋がっていない(ブログがウェブの主流だったのも、もうだいぶん昔だ)のは、珍しいとも言えた。
しかし、新しい技術を取り入れていないからといって更新が止まっている訳ではなく、半年前までは月に一回必ず更新があった。このサイトではオリジナルの小説を長期連載していて、ちょうど半年前に連載が終了し、それ以来更新が途絶えていることが、更新履歴から伺えた。
SNSやブログといったサービスは、個人的な生活の断片を発信する性格が強く、それらをたどっていくと大抵は、住んでいる地域や生活パターンが見えてくることが多い。けれども、今回のサイトにはSNSもブログも繋がっておらず、管理人の生活は伺えなかった。
サイトにはコラムのコーナーもあったが、個人の生活については一切書かれていない。個人情報の取り扱いについて余程注意深い人物なのか、あるいは、自身を発信することに対して無関心なのか。キコはなんとなく、後者であるような印象を持った。
管理人の生活がいくらか伺えるのは旅行やイベントのレポート記事だった。文学フリマへの参加レポートに、ざっと目を通しながら、キコはうなった。
「う~ん、あんまり手がかりがない感じだなぁ。このレポートもサークル参加じゃなくて一般参加みたいだし」
更新日を見る限り、四年前から年に二回ある文学フリマに必ず参加しているようだ。サイトには会場の雰囲気や戦利品を紹介するレポートが上げられている。
「僕、この間の秋の文学フリマ、行ってみたよ。もしかしたら会えるかもしれないって」
キコが操作するパソコンの画面を後ろから覗き込みながら、敷島がぽつりと呟いた。
「会えた……、わけないですよね。会えてたら、ここには来てないし」
キコが背後に視線を流すと、敷島は目を伏せて頷いた。顔も本名もわからず、相手もサークル参加ではなく一般参加では判りようがない。
キコは溜息をついて、視線をパソコンに戻した。
「そうは言うものの。住んでる地方も推察できないし、ほかに会えそうな機会もないし……」
キコは握っていたマウスを解放し、あいた右手を口元へ持って行った。
「やっぱり、そこしかないのかな?」
敷島の合いの手に、キコは眉を寄せる。
「ん~、そうは言っても、サークル参加ならともかく、一般参加の相手を捜すとなると何か見分ける方法を考えないとならないですよね。それに、次の文学フリマは五月。半年も先でしょう? そんなに時間かけていられないんじゃないですか?」
「そんなことないよ。時間が経つのなんて一瞬だよ」
敷島の返答に違和感を覚えたキコは眉間にしわを寄せて振り返った。
「現実は小説じゃないんだから、一瞬なわけないでしょ。それとも何ですか? 一行空白行を挟んだら文学フリマの会場にいるってわけ?」
その通りになった。
キコは息を呑んだ。目の前の光景が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返す。
キコは文学フリマの会場である東京国際流通センターに立っていた。多くの人が行き交う喧騒が会場を包んでいる。
「なんで……」
「言ったでしょう、時間が経つのなんて一瞬だよ、って」
すぐ隣から聞こえてきた声に、キコは息を呑んで振り返った。敷島が、困ったような微笑みを浮かべてキコを見下ろしていた。
ーーこんなの、おかしい。
「だって、さっきまで事務所で……」
内側から肋骨を叩く心臓の力で、骨折してしまいそうだ。膨れ上がった心臓が肺を圧迫して、息がうまく入ってこない。
瞠目して胸を抑えるキコに、敷島は不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるの? 二人で待ち合わせして新幹線で東京まで出てきたじゃない。覚えてないの?」
困惑したように眉を下げる敷島を前に、キコは慌てて記憶をたどる。
確かに、敷島の言うとおりだった。
今朝は眠い目をこすりながら早起きして、駅前で待ち合わせて新幹線に乗ったのだ。その前の半年間だって、全てを覚えているわけではないが、半年過ごしてきたという実感がある。でも、そうだとしても……。
ーーこんなのは、おかしい。
「どういうこと? さっきまで、こうなった経緯(いきさつ)を考えていたから、タイムトリップしたように感じただけだってこと?」
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない!
キコは胸元を抑えたまま膝をついた。周囲の人たちが一体何事だ、と遠巻きに見つめてくる。息が上がって、酸素がうまく取り込めない。
「こんなの、変だ。半年もあった時間が、まるで溶けてなくなっちゃったみたいに……」
思考が回らないまま、キコが譫言のように呟き続ける。
――こんなの、おかしい。
「だいたい、私はいつもサークル参加してて、今回だってその予定で、なのに、なんで……」
「そうなの? 戻って、もう一度やり直せるといいんだけど……」
キコは隣にいる敷島を見上げた。眩しさに目を細める。逆光で影がかかって、敷島の表情はよく見えなかった。
「やり直す? 一体どうやって? まさか、一行空白行を挟んだら元に戻ってる、なんて言わないよね?」
その通りになった。
キコは息を呑んだ。目の前の光景が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返す。
キコは事務所のソファに座っていた。頭から悪寒のように血が下っていく。どっどっどっ、と心臓がやけに存在を主張している。キコは浅い呼吸を繰り返した。
「は? なに? どういうことなの? 夢? あんた、今一体なにしたの!」
キコは斜め前に座っている敷島にくってかかった。突然、怒鳴られた敷島は身を引いて目を瞬かせ。
「あ、あの、何の話?」
敷島の戸惑う様子に、キコは気勢をそがれてしまう。
「だって、今……」
「これから僕の作者探しに付き合ってくれるって話だったよね?」
キコは呆然として椅子に深く座り直した。何が起こっているのか、さっぱり解らない。
「廣瀬さん?」
敷島が黙り込んでしまったキコに遠慮がちに声をかける。
キコは戸惑いを苛立ちに変えて目の前の机に叩きつけた。ばんっ、と鋭い音に敷島が身を竦める。
「これだから、こごり屋の案件は……!」
キコが机に叩きつけた右手をぐっと握り込む。
キコは以前に一度だけ受けたことがあるこごり屋から回ってきた案件を思い出していた。キコの経験の中では、これまでこごり屋から回ってきた案件は一度だけだ。けれども、その一度が強烈だった。
それは、いなくなった恋人を捜してほしい、という少女からの依頼だった。依頼としては極普通だ。問題は、少女が探している恋人が鳩時計だったことだ。少女の兄たちでさえ彼女の言うことを真面目に取り合わなかったらしい。もちろん、警察だろうが、探偵社だろうが門前払いだ。少女はこごり屋を通して依頼をしてきて、最終的にセロファンの海に旅立っていった。
何を言っているのか解らないと思うが、キコも未だに何が起こったのかよくわかっていない。『こごり屋の案件』とは、そういうものなのだ。今度の案件だって、そういうものに違いない。
つまり『こごり屋の案件』では、何か常識人には分からない、普段とは違う理屈で物事が動いていく。こごり屋を通すことで、世界を構築する裏の理論が動き出すのだ。
キコは改めて真正面から敷島の顔を覗き込んだ。自覚はないように見えるが、先程の時間移動は敷島のせいに違いない。
前回は、すべての物事を唐沢が先導して、キコは依頼人である少女と一緒にその後ろをちょこちょこと付いていっただけだった。
しかし今回、唐沢はキコに丸投げしてきている。キコが何とかするしかないのだ。この、目の前の『こごり屋案件』を。
「わたし! ちょっと!」
叫んで、キコは勢いよく立ち上がった。弾かれたソファが、がたん、と大きな音を立てる。
不可解なキコの言動に目を白黒させる敷島を一人残して、キコは給湯室へと逃げ込んだ。とにかく、一度誰にも邪魔されずに頭の中を整理したかった。
窓がないせいで少し薄暗い給湯室のシンクに両手を付いて、キコはいつの間にか上がっていた息を整えようと、深呼吸を繰り返した。
ーー待て待て待て待て待ってってば! こんなことありえない。未来に行って、またすぐ帰ってくるだって? ありえないから! 小説じゃないんだから。
そこまで考えて、キコは何か引っかかりを感じた。
――小説?
連想が敷島の言葉を脳裏によみがらせる。
『僕の作者を探してるんです』
嫌な仮定がキコの背中をぞわりと粟立たせながら滑り落ちていく。そんなことはありえない。それでも、脳裏によぎった考えをキコは反射的に追いかけてしまった。
――もし、もしも、これが小説だったとしたら、ここにいる自分は、自分が考えていると思っているこの思考は、なんなのだろう。
しかし、キコはその感覚を深追いする前に、同時に思い浮かんでいたもう一つの考えに飛び移った。自分が作者なら、敷島が主人公の小説をどんな風に書くだろうか、と。
考えられるエンディングは二つ。いや、エンディングとは少し違う。もっと正確には、この後に考えられる展開の方向性だ。いずれにしても、考えられる可能性は二つ。
一つは、敷島は作者を探し出せない。もう一つは、敷島は作者を見つけ出す。
キコは瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐き出しながら、自分だったら物語をどう展開させるだろうか、と思い巡らせる。
――もし、自分が敷島の作者だったら、どう展開させる? 自分の書いたキャラクターが、突然、自分を探し始めたら?
キコは背筋が震えるのを感じて、両腕で自分自身をぎゅっと抱きしめた。何か空恐ろしい感じがした。キャラクターが自分の制御を外れたら……。そんなの何されるかわかんない。物語が滅茶苦茶になる。
キコは目を閉じたまま、両腕をさすりながら想像を続けた。
今、キコが書いているのは、ほのぼのとした日常を描くハートフル・コメディだ。誰がなんと言おうと、作者であるキコがそう考えているのだからそうなのだ。
自分の書いている物語のキャラクターたちに思いを巡らせながら、キコは、ふと瞼を開いた。
いや、でも、あの子達、基本アホだし、毎日を楽しく生きたいとしか思ってないから、作者の制御を外れても何も怖いことなんてなかったわ。今まで通りに、毎日あほやって楽しく暮らしてるわ、きっと。
気づいた途端にキコの鼓動は落ち着きを取り戻していった。自然と呼吸も深くゆっくりとしたものに変わっていく。
敷島は悪いやつには見えないし、オーナーが依頼を受けてしまった以上、キコが関わりを拒否しても物語の展開が止まるだけだ。だったら、とっとと作者を見つけ出して依頼を完了させたほうが、早くこの案件とおさらばできる。
そう考えると、キコは今度は意識して大きく息を吸った。採用面接の時に唐沢に言われた言葉が思い出される。あの時、彼はこう言ったのだ。
「きみなら、こごり屋からの案件を上手く解決できそうだ」
――ああ、もう、本当に……。
こういう時のために、自分を雇ったというのなら、キコが考えるべき問いは、もしも、自分が敷島の作者なら、この物語をどう書くか、だ。
物語の展開に必要なのは、対話だ。物語はいつだって、対話で動く。それなら――
キコは顔を上げて、真っ直ぐ前を見据えた。決然とした表情で、キコは敷島に向かい合うため、給湯室を後にした。
「あなたの作者を探すために、あなたに改めて一から確認しておきたいの。答えてくれますね?」
斜向かいに座ったキコに真剣な表情で問いかけられて、敷島は背筋を伸ばして居住まいを正した。キコの雰囲気に気圧されたのか、敷島は眉を下げて伺うように問い返した。
「僕の言うこと、信じてくれるの?」
どことなく、ぽやぽやした雰囲気が漂う敷島に、キコは真剣な表情を崩すことなく、こっくりと頷いた。
「こごり屋さんからの案件っていうことは、そういうことだから」
「そうなんだ。ありがとう。なんでも訊いて欲しい。正直に応えるから」
敷島の雰囲気がさらに緩む。キコは再度うなずいて口を開いた。
「そう、それじゃあ、まずは――」
キコが言葉を切り、敷島が引き込まれるように身を乗り出す。
「どう探せば、あなたの作者は見つかると思う?」
「どう探せば? どこを探せば、じゃないんだ?」
「どこを探せばいいのか判ってるなら、あなたはここを尋ねてきたりしていないでしょ。だから、どう探せば、よ」
敷島が息を吐いて、背もたれに体を預ける。
「そうか、どう探せば、か。考えてみたことがなかったな。人に頼めば見つけてもらえるものだと思っていた」
「まず考えなくちゃいけないのは、作者は私達と同じ世界に生きているのか」
キコの問いかけに、敷島は天井を見上げて首を傾げた。
「うーん、どうだろう。作者はこの世界のことについては全知なんだろう? だったら、こことは別の世界に居るんじゃないのかな」
「作者は全知とは限らないよ。映画『主人公は僕だった』の作者は主人公と同じ世界に住んでいた。彼女の場合は、自分の書いている小説の主人公が、まさか本当にニューヨークで生活しているなんて、夢にも思っていなかったけど」
キコは映画のあらすじを簡単に説明した。
主人公であるビジネスマンはある朝、突然頭の中に響く声に自分の行動を逐一ナレーションされる。彼は頭に響く声の正体を探し、それが世界的に有名な悲劇作家であることを突き止める。主人公の悲劇的な死の方法を模索していた彼女は、自分の書く物語が主人公の人生を左右していることを知らされる。彼の人生は、悲劇作家の書く物語に委ねられた。果たして主人公は作家の手によって悲劇的な死を迎えるのか、それともーーというものだ。
「つまり、その作者は、物語の端から端までを掌握していたわけではないってことか」
「そういうこと。そして彼女自身もまた、物語の一部になってしまった。そういう意味ではポール・オースターの『写字室の旅』でも、作者自身だと思われるミスター・ブランクは記憶喪失の状態で自らが書いたキャラクターたちと暮らしている」
敷島は天井に視線を泳がし、首を傾げた。
「どうだろう。僕の感触では、僕の作者は僕の頭の中でナレーションをしたりはしないし、物語の一部になっていたりもしないよ」
キコはふぅ、と息を吐いてソファに沈み込んだ。
「そう。じゃあ、やっぱり異界にいるものと考えたほうがよさそうね」
「異界?」
「こことは違う世界。パラレルワールドというよりも、外界というのがこの場合のイメージにはあってるのかな。作者が異界にいるなら、まずは異界への行き方を探すのがやりやすいんじゃない?」
「異界への行き方かぁ。事故死、とか?」
敷島がますます首を傾けながら思いついたことをぽろりとこぼした。キコはちらりと敷島へと視線を流すとにっこりと笑顔を作ってみせた。
「異世界転生ものの定番ね。流行りだよね。じゃあ、今から死んでみてね」
敷島が目を見開いた。慌てて両手を前に突き出して、思いっきり首を横に振る。
「嫌だよ! 死ねないよ! どんな世界に転生するのかもわからないのに。そもそも転生できるのかもわからないのに!」
「そうか、きみの覚悟はその程度か」
すっ、と表情を殺して呟くキコに、敷島は先程よりも大きな声で叫ぶ。
「覚悟の問題にしないで! 試してみるなら、せめて命の保証が取れるものにして欲しいな!」
「事故死はアウト、と」
キコはノートパソコンのメモ帳に書き付けると、右手の指を唇にあてて逡巡した。
「そうだなぁ。あとは、……トンネルをくぐるとか」
命を落とさなくて済みそうな提案に、敷島は強ばっていた肩の力を抜いた。
「トンネルを抜けるとそこは不思議の国でした。『千と千尋』だね」
「でも、ここは関東平野の北の一角。山がないから市内にはトンネルがないんだよね。陸橋くらいならあるけど、さすがに異界に繋がってはいないだろうね。八幡山のは洞窟であってトンネルじゃないからくぐり抜けられないし、車飛ばしてドライブするってのも面倒くさい」
いいながら、キコはカタカタと没案を入力していく。
「森に行くというのもあるね。『今日の放課後、決闘広場の森で待つ』」
「『かしらかしら、ご存じかしら? 今日も裏の森で決闘があるんですって!』」
自分の振ったネタが通じたことに目を見開きながら、キコはため息を付いて首を振った。
「まあ、いくらトカイナカを名乗っていても、さすがにこの辺に森はないね。あっても雑木林がせいぜいかな。関東平野だから山もない。
「そもそも、森が異界のイメージを持つのはヨーロッパのおとぎ話からだしね。赤ずきんちゃんとか、白雪姫とか。日本で異界のイメージを担っていたのは山や竹藪。かぐや姫のイメージが代表例だよ」
そうは言っても、森と同じように竹藪だって、現代の都市では滅多に見かけない。
「他には? まだある?」
出てくる候補がことごとく否定され、敷島が不安な様子で尋ねた。
「そうだなぁ。もっと身近なものだと、エレベーターかな」
「ああ、それ、聞いたことがあるよ。都市伝説だよね。エレベーターに乗り込んだときに、誰もボタンを押していないはずの階に止まって、乗り込む人もいない。そんな時にエレベーターが止まった先は異界だから降りてはいけないって」
キコは頷いて、画面に表示された文字列を見つめた。事故死、トンネル、森、山、竹藪、エレベーター。
目を伏せて黙って思案するキコに、敷島はなんだか嫌な予感がした。
キコはもう一度頷いて、笑顔で顔を上げた。並べられた選択肢の中で、どう見ても最後の案が今までで一番身近かつ、手っ取り早い手段だった。
「よおし、じゃあ、異界につながるまで延々エレベーターで昇降しようか!」
「嫌だよ! いつ異界に繋がるか、そもそも異界に行けるかもわからないのに、そんな非効率的なことやってられないよ!」
間髪入れずに敷島が両手を前に突き出し、首を振る。
「あんた、意外とワガママね」
キコはむぅと、口を尖らせて敷島を睨みつけた。
「他に手段がないとか、その方法で絶対に行けるっていうならやるけど、そうじゃないなら昇り降りしてる間におじいちゃんになっちゃうよ」
眉根を下げる敷島から目を逸らして、キコはちっと舌を鳴らした。
「舌打ち!? ねぇ、今、舌打ちしたよね!?」
敷島の文句をキコは何も言わずに窓の外へと視線を移すことで受け流した。灰色のビルが立ち並ぶコンクリートの細い路地を駆けて行く白い生き物が見えた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、白うさぎを追いかける、ってのはどお?」
「白うさぎ?」
敷島がキコの視線を追って窓の外へ目を向ける。道の端からこちらの方へ黒いチョッキを着た白い兎が二本足でちょこちょこと歩いてくる。敷島が小さく息を呑んで目を見開く。
「なんで……」
キコはゆっくりと考えながら言葉を紡いだ。
「そうだなぁ。もし、私が作者だったら、これはサービスかな? 見つけて欲しいって合図なんだと思う」
弾かれたように振り向いた敷島は、キコを見て見開いていた目をさらに見開いた。そのまま、二人はしばらく無言で向かい合った。ふっと敷島が表情をゆるめる。
「ここに頼んで正解だったよ。行こう」
敷島は素早く立ち上がると、一目散に事務所を出て行った。すぐさま決意を固めた敷島の吹っ切れた笑顔にキコは呆気にとられた。二度、三度と瞬きをして、やっと我に返ったキコは慌ててソファから立ち上がった。敷島を追って外へ向かう。
「ま、待って!」
一人、執務室から事務所の二人の様子を伺っていた唐沢は、ばたん、と扉が乱暴に締まる音に溜息をこぼした。
「若者はいつだって、世界の果てを目指すもの、か」