Who is open up the door of heart?

もう一つの主題歌『For the first time in forever』

 『Frozen』と『アナと雪の女王』観てきました! え、どっちも同じ映画じゃないかって? うん、まあ、そうなんですけど、便宜上字幕版を『Frozen』、吹き替え版を『アナと雪の女王』と呼称してます。スクリーン上でのタイトルコールもそうだったしね。でも、普通に英語版、吹き替え版って言い方もしてます。

 いやぁ、面白かったです。凄く面白かった。開始10分で涙だだ漏れでした。エルサがかわいそうで、かわいそうで。切ないよね。そんなわけで、長女で妹が二人いる千月は断然エルサ派です。(以下、ネタバレ注意)

「heart」に完璧に対応する日本語の単語はない、という問題

 それで、ですね。前回は、日本語訳について散々褒め倒したので、今回は英語版のいいところを語ってみたいと思います。正確には英語版のいいところと言うよりも、言語の関係で日本語に翻訳しきれない部分がどうしても出てくるので、物語のキーワードで訳出できていない(と、いうか都合上しようがない)ものを語ってみたいと思います。

 これは避け得ない問題なんです。特に映画のように時間制限のあるものでは。何故かって英語の「heart」には、日本語の「心臓」と「心」の意味があります。でも、日本語には「心臓」と「心」を一語で言い表せる単語はありません。強いて言えば、「胸」や「懐」が場合によっては「心」も表します(「胸の内」や「相手を懐に迎え入れる」などの用例)が、子供向けの吹き替えにこんな言葉は絶対にふさわしくありません。第一、胸も懐も身体的な意味が強く、単体で使った場合には「心」をイメージさせ得ません。時間制限のない本なら「心臓」と「心」を併記することも可能ですが、画面上の動きという制限がある映画ではこれは不可能です。

 『Frozen』でエルサは不注意からアナを二度、傷つけてしまいます。一度目は頭、二度目は「heart」です。そう、「heart」です。これは英語では、「心臓」と「心」を同時に意味します。『アナと雪の女王』では一貫して「心」の訳語を採っていました。当然です。トロールのセリフ、「頭なら簡単に丸め込めるが、心(heart)はそう簡単には変えられない」からもわかるように、一度目の傷が身体的なものであることに対して、二度目の傷はより深い「心」の傷として表現されています。

 しかし、それは同時にあくまでも身体的な傷でもあるのです。何故って、アナは心臓に氷の欠片が刺さっても愛の心を失いませんでしたから。彼女の「凍りつく」症状は、あくまでも身体への影響であって、心へは影響していません。だからこそ、アナはハンスの裏切りに傷つき、クリストフへの愛(つか、親しみ?)に気づき、エルサを守るのです。これは「心」が凍りついていては出来ません。

 この表現が両立するのは、英語の「heart」が「心臓」と「心」を同時に意味するからなのです。英語において、「心臓」と「心」はイコールです。だから、トロールの説明とアナの症状に矛盾はありません。

 しかし、日本語において、「心臓」と「心」はイコールではありません。だから、アナの「心が凍りついていくの」というセリフに私は少し違和感を覚えました(ま、吹き替え版を観たからこそ、「アナの「心」は別に凍ってないじゃん!」と、気づけたのですがね)。

繰り返し出てくる「the door」とは、どこのドアなのか?

 今までは、翻訳されている言葉の持つ意味の差異について語りましたが、今度は翻訳されていない言葉にも注目してみましょう。それは、「the door」と「storm」です。

 手元に歌詞カードがあるので、楽曲ベースの考察になるのですが、「the door」の初出は「Do you want to build a snowman?(雪だるまつくろう)」です。これは、わずか三分半で十年の月日が経ち、その間をアナとエルサがどのように過ごしていたか、観客が手に取るようにわかる素晴らしい楽曲です。まあ、それは置いといてですね。

 アナがエルサの部屋のドアをノックする音から始まるこの楽曲において、ドアはエルサとアナを隔てる物理的な壁として登場します。エルサはドアを閉ざし、決してアナを部屋に招き入れません。

 次に出てくるのは「For the first time in forever(生まれてはじめて)」です。余談ですが、私はこの「For the first time in forever」を勝手にアナのテーマだと思っています。ドアとして出てくるのは最初の「窓が開いてる! ドアも開いてる!」という部分だけですが、ここで注目すべきは、メロディと「the gate」でしょう。

 英語版で見るとよく分かるのですが、この曲にはエルサのテーマである「Let it go」の一番の歌詞が含まれています。またその後に続く歌詞がエルサとアナで全く同じであるにも関わらず、二人の感情が正反対であることも面白いです。

 エルサは戴冠式のために、この日、十年間も閉ざされていた城の門を開きます。ここでも開くのは、まだ物理的な門ですが、エルサにとって門(ドア)を開くことは恐怖であり、アナにとって門(ドア)を開く事は喜ばしいことと表現されています。また、この時点からアナの行動が一貫して「ドアを開く」であることにも注目です。

 どんどん行きましょう。次にドアが出てくるのは「Love is an open door(とびら開けて)」です。アナとハンスのラブソングなわけですが、ここからドアは物理的なドアではない、象徴的な意味を帯びていきます。アナの「All my life has been a series of doors in my face(私の人生は目の前でドアを閉められることの連続だった)」は、アナとエルサの関係を指したものですが、続く「Love is an open door(愛はドアを開く)」は象徴的なものです。愛が開くドアは、「相手の部屋」であり、「自分の居場所」であり、「新たな世界・人生」であるわけです。

 最後にはハンスはゴニョゴニョになってしまうわけですが、ここの「Love is open an door(愛はドアを開く)」という歌詞は非常に象徴的ですね。最期に「the door」を開いたのは、やはり愛の力でした。

 さて、次は我らが「Let it go」です。

 ここの一番のサビにある「Turn away and slam the door(背を向けて ドアを閉じてしまおう)」という歌詞は、私が英詩は少し後ろ向きだと感じた理由の一つでもあります。けれども、この歌詞にはもっと深い意味がありました。

 ここの「the door」は物理的なものではなく、象徴的な意味での「過去の扉」です。それは、三番の「I'm never going back, the past is in the past(もう戻らない 過去は過去よ)」からもわかります。

 しかし、これはエルサが立て籠もっていた場所が部屋の中から外の城の中に移っただけで、本質的には変わっていないようにも見えます。他人から離れることで自由になったように見えますが、「他人を傷つけるかもしれない」という「恐れ」の対象から離れたことでそう見えているだけです。これは「It's funny how some distance makes everythings seem small(変なの 遠くから見れば 何もかもが小さく見えるのね)」からも読み取れます。あくまで遠くから見ているから小さく、取るに足りないことに見えるのです。

 今までも、エルサは一貫して「ドアを閉じて」来ました。戴冠式でそれを改め、「ドアを開こう」としましたが、結果は見事なまでの大失敗。エルサは再びこの歌で「ドアを閉ざす」のです。エルサがドアを閉ざしたことは曲の最後に氷の城のテラスのドアが音を立てて閉まることからも明白に表現されています。

 けれども、「他人を傷つける心配がないなら」と、条件付きであってもエルサが自分の力を肯定できたことは大きな経験です。これがなければエルサは最後、氷を溶かして国の人々と自らの力を通じて交流することはできなかったでしょう。

 書いてて考えたのですが、エルサの恐れには二種類あると思います。一つは「力そのもの」への恐れ、もう一つは「他人を傷つけてしまうこと」への恐れです。このうち、力そのものへの恐れはこの「Let it go」で克服しています。というか、「Let it go」はエルサが自分自身の能力を肯定した歌と言えますね。

 「let it go」でもう一つ注目したいのが、エルサの内面の現れとしての「storm」です。「storm」がエルサの内面の現れであることは「The wind is howling like this swirling storm inside(風が吠える 心に渦巻く嵐のように)」と繰り返し出てくる「Let the storm rage on(嵐よ 猛れ)」の歌詞からわかります。

 「Let the storm rage on(嵐よ 猛れ)」は、英語ではそれぞれのサビの最後に合計三度も出てきます。「The wind is howling like this swirling storm inside(風が吠える 心に渦巻く嵐のように)」は、まさにエルサの心の中の嵐と実際の風が呼応していることを示唆しています。

 また、アナがエルサの元にたどり着くまでは冬とはいえ穏やかな天気ですが、アナにアレンデールのことを告げられエルサの心が千々に乱れ始めると天気は急転直下に悪化し始めます。このことからも、エルサの心と実際の嵐が呼応していることがわかります。

 次に「the door」が出てくるのは、「For the first time in forever(reprise)(生まれてはじめて(リプライズ))」です。アナの歌詞「Please don't slam the door(お願い、ドアを閉めないで)」ですね。これは、「Let it go」のエルサの歌詞「Turn away and slam the door(背を向けて ドアを閉じてしまおう)」への返答とみていいでしょう。

 「For the first time in forever(生まれてはじめて)」では別々の場所で歌っていた二人ですが、リプライズで初めてアナとエルサはお互いに正面から向き合うことになることになります。しかし、二人は顔を合わせてはいてもまだ心は向かい合っていません。それは曲の後半になるにつれてはっきりしていきます。なぜって、二人ともお互いを心配していることは明らかなのですが、お互いに相手の話を全然聞いてません。アナは二人なら何とかなると言い、エルサは危ないから自分から離れてほしいと言う。

 エルサは自分の力とは向き合えても、過去にアナを傷つけた事実とはまだ向き合えません。さらに、アレンデールの現状を伝えられ、エルサの心は再び恐れで満たされます。それまで小康状態を保っていた天気が城の中から一気に悪化していきます。ここの「落ち着け」と言い聞かせるほどに焦り、力がエルサのコントロールから外れていく描写は見事です。

※2014/06/20 あと、ここでエルサは「No escape from the storm inside of me(自分の中の嵐からは逃れられない)」と歌っています。「Let it go」では肯定されていた「the storm」が一転、否定的に扱われるのです。

 というか、この扱い方を見てると、「the storm」はエルサの心というよりも、エルサの「氷の力」と言った方が近いのかもしれません。「Let it go」では、「Let the storm rage on」と勢いを増すことは「いいこと、わくわくするようなこと」と表現され、「For the first time in forever(reprise)」では、「No escape(逃れられない)」と「逃げたいのに逃げられない足枷」として表現されています。

 これはまさしくエルサの力のことを指しているように思えるます。

 「the door」が出てくる歌詞は「For the first time in forever(reprise)」が最後です。ここから物語は一気に加速し、南諸島の兵士に追い詰められたエルサは身を守るために力を使います。感情がコントロールを外れ、エルサの行為はエスカレートしていきます。呼応するように、アレンデールには吹雪が渦巻きます。しかし、どうやらエルサが気絶していた時は、天気は小康状態を取り戻したようでした。

 目を覚ましたエルサを支配しているのは、「アナ(と国民)のそばにいてはいけない」という焦り(恐れ)です。エルサの焦りに呼応してアレンデールはひどい雪嵐に見舞われます。

 荒れ狂う雪嵐は、ハンスがエルサに「アナは死んだ」と告げることで動きを止めます。(余談ですが、私は見る度にここで「王子ぐっじょぶ!」と思います。)エルサが放心状態になったことで、エルサの心に呼応していた嵐も動きを止めるわけです。ここで「雪が降り止む」のではなく、「雪が空気中で動きを止める」のが、幻想的で素敵です。しかも、衣擦れの風などに合わせて雪が漂うのが細かいです。

 閑話休題。嵐が止まったことで視界が開け、アナは身を挺してエルサを守って凍りつきます。ここの最期の息の表現も凄いです。そもそも、旧約聖書や北欧神話、日本神話にも見られるように、古来から人は生命の要を息だと考えて来ました。って、このまま続けると横道にそれるので止めておきましょう。

 それで、ですね。この後、アナはお約束通り「真実の愛」で息を吹き返すわけです。が、しかし! 二度目に映画を見て私は、ふと思ったのです。「真実の愛を持ってアナを助けたのは誰だ?」と。

 一度目はエルサだと思いました。エルサは冒頭から終始アナのことを気にかけており、凍りついたアナのために涙を流します。「真実の愛のキス」と同じくらい、ディズニーでは「真実の愛の涙」もメジャーな魔法のアイテム(?)で、新しくは「塔の上のラプンツェル」、古くは(古くもないかな?)「美女と野獣」でこぼれ落ちた涙が奇跡を起こす描写があります。しかし、Frozenではエルサの涙は流れてアナに触れている事は確実ですが、画面上には描かれていません。しかも、「アナを助けたのはエルサ」だとすると、「CMの「妹には使命が——」のアナの使命って結局なんだったんだよ。アナ、何もしてなくね?」となってしまうわけです。

 それで、ですね。二度目に見た時に思ったのです。Frozenにおいて「真実の愛」を示したのはアナである。「真実の愛」を示すことが(スタッフから)アナに与えられた『使命』である、と。これはアナが身を挺してエルサを守ったことから明白です。真実の愛を持っているのはアナだけではありませんが、キーとして強く示したのはアナです。では、誰に示したのか。もちろん、エルサに対してです。だって、アナはエルサを守ったんですから。

 ここで、今までさんざん歌詞に出てきた「the door」が生きてくるのです。エルサは一貫して「心のドア」を閉ざして来ました。対してアナは一貫して「心のドア」を開こうとして来ました。

 そうです。アナは「真実の愛」を示すことによって、エルサの「心のドア」をついに開きました。アナはエルサから受けた傷のために「Frozen Heart(凍りついた心臓)」を持つ事になりましたが、「Frozen Heart(凍りついた心)」を持っていたのはエルサも同じです。

 エルサのそれは「恐れ」によって凍りついていました。エルサは「他人を傷つけること」を恐れるのと同時に、傷つけることで「恐れられること」をも恐れていたでしょう。それに対して、アナは「傷ついてもエルサを恐れずに、むしろ守ること」を選んだ。(アナは「For the first time in forever(reprise)」で、エルサを恐れていないとも歌っています。)アナからの愛を確信することができたエルサの「凍りついた心」は溶け出していったのではないでしょうか。エルサの心が溶ければ、彼女の恐れが生み出した攻撃性=アナの心臓に刺さった氷の欠片も溶けていきます。かくしてアナは息を吹き返すのです。

 最後、「Epilogue」は歌詞のないインストゥルメンタルですが、そのメロディには「For the first time in forever(生まれてはじめて)」のアナのパートのアレンジが入っています。二度出てくるこの曲で、アナは「ドアが開く」ことを喜びと共に高らかに歌い、「ドアを開けて、二人なら乗り越えていける」とエルサに訴えかけました。今や城門(ドア)は開き、エルサは「もう二度と閉めないわ」とアナに笑いかけ物語は大団円を迎えます。

 たぶん、『アナと雪の女王』では、エルサのドア(扉)についての言及は最初の「For the first time in forever(生まれてはじめて)」の「開くのだ門を、今!」の歌詞と最後のエルサのセリフ「もう二度と閉めないわ」のみだったと思います。

 「the door」を中心にして考えると、『Frozen』はエルサが「心のドア」を開くまでの葛藤の物語であることが見えてきます。そして、「ドアを開く」ことを歌う「For the first time in forever」が「Epilogue」になるほどの「もう一つの主題歌」であることがわかってくるのです。

2014/03/25

2014/06/20 追記
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