白い波が日差しを反射してキラキラと輝いている。この島はいつだってそうだ。波だけじゃない。砂浜もヤシの葉も、流れ落ちる滝も、パオプの実も、デスティニーアイランドのものは、いつだって輝いている。

両手をついて浜辺に座ったソラは、海からの風に気持よく髪をそよがせていた。この何もない退屈とさえ言えそうなひと時が、たまらなく大切に思えた。
「ソラ」
「リク」

呼びかけられて振り返る。一つ年長の幼馴染みは、なぜかその手にクシとハサミを持っていた。そう言えば、この島を出た時に比べて、彼の髪は随分と長くなった。
「どうしたんだ、リク?」
「髪を切ってくれないか?」

ソラは目を見開いて、差し出されたハサミを見て、頬にかかるリクの前髪を見た。確かに、ちょっと長すぎるかもしれない。
「随分伸びたよなぁ」

立ち上がってハサミを受け取る。リクの隣に並んで、リクが歩くまま、なんとはなしに海辺の小屋に向かう。
「アンセムに、ゼアノートのハートレスになってた時は、切れなかったからな」

肩をすくめたリクに頷いて首を傾げる。
「それにしては長い気がするけど……」

ソラは自分の髪の毛をツンツンと引っ張ってみた。リクが偽アンセムの姿になったのは、ロクサスに勝つためだった。そして、ロクサスを捕まえてからソラが目覚るまでには、そんなに時間がかかっていないと聞いている。冒険している間はソラも髪を切る暇なんてなかったけど、リクほどは長くなってない。と言うことは、リクが髪を切っていないのは、その前からなんじゃないだろうか?

小屋の真ん中に座らせて、リクの髪をクシで梳かしながら、「本当のことを言え」と、視線を向けるとリクは観念したのか小さくため息をついた。
「本当はな、忘却の城を出てから願をかけてたんだ」
「なんて?」
「ソラと二人で、カイリの待つ島に帰れますように」

クシをハサミに持ち替えようとしていたソラの手が止まる。嫌な想像が頭をよぎった。そんな願いを込めて伸ばした髪を切ってしまったら、またリクがこの島から一人で出ていってしまうのではないか、と。
「まぁ、途中からはアンセムになってたから、髪の毛どころの騒ぎじゃなかったけど」

リクが肩にかかった自分の髪を指先にくるくると絡め取った。こうして無事に帰ってきたのだから、もう髪を伸ばす必要はない。気休め程度のおまじないだったが、今自分がこの島にいるということは少しは効力があったのかもしれない。

ハサミを持ったまま動きを止めてしまったソラを訝しく思って声をかける。
「ソラ?」
「やっぱ、ダメ!」
「え?」
「やっぱ、リクは髪切っちゃダメだ!」

突然、ソラに叫ばれてリクは瞠目した。次いで、ソラのあまりに子供っぽいふくれっ面に思わず吹き出してしまった。
「そんなこと言ったって、カイリにも散々目が悪くなるから切れってどやされてるし。それに、ミッキー、王様からの手紙が来ただろ?」

笑いながら話すリクとは対象的にソラの口は不満気に尖っていく。
「なんで手紙が来たら髪切るんだよ。また一人だけで、世界のためとか、俺たちのために頑張るつもりか? 俺、そんなの嫌だからな。リクが俺の目を覚ますために偽アンセムの姿になったって知った時、俺、すっごく傷ついたんだぞ! そんなに頼りにならないのかって、悲しかったし、それに——」
「ソラ、違うんだ」

さらに言い募ろうとするソラを遮って、リクが首を横に振った。
「違うって……」
「たぶん、俺たちはまた旅に出ることになる」

口を開こうとするソラを手を上げて制してリクが言った。
「だから、もう一度、願をかけようと思うんだ。この島に、また三人で戻って来られるように」

穏やかに笑うリクを見て、ソラはハサミを握りしめた。責任感ばっかり強いリクが、その笑顔の裏で、また一人だけで戦う気でいるんじゃないかと心配で。
「だからさ、ソラ。お前に切って欲しいんだ」
「本当だよな。なんかあったら、俺たちを頼ってくれるんだよな?」

ソラは瞬きもせずにリクの明るい翡翠色の両目を見つめた。決して嘘はつけないように、注意深く双眸を覗きこむ
「わからないな。ソラは頼りないから」
「頼ってくれるんだよな?」

もう一度問えば、リクはにやりと笑った。今日のところは、それで良しとすることにしよう。
「わかった、切るよ」
「頼む」

リクがゆっくりと目を閉じる。ソラは大きく息を吸って気合を入れ、頬まで伸びたリクの前髪にもう一度クシを通した。ゆっくりと深呼吸してリクのまぶたの上、眉の少し下にハサミを当てる。ハサミの感触が冷たかったのか、リクのまぶたがかすかに震えた。

シャギと、いう音と一緒に細い髪が断ち切れていく。手を動かしながら、ひと裁ちごとに願いを込める。

どうか、無事に旅を終えて、また三人でこの島で笑い合えますように、と。
「もういいよ」

ソラの呼びかけに、リクがゆっくりと目を開く。遮るもののなくなった視界は随分と明るく、すっきりとして綺麗に見えた。ちょっと大げさかもしれないが、リクは生まれ変わったような心地がした。
「じゃあ、後ろも切るからな」

ソラの声に頷きながら、リクは今の自分なら二人にもっと素直に頼ることができそうな気がした。

リクの後ろ髪を切るのに苦心したソラが涙目でカイリに泣きついたのは、このわずか五分後のことだった。

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