この島の日差しがキラキラと輝いて見えるのは、好きな人のことを照らしているからかもしれない。

本島から離れた小さな島から橋を渡った向こうの更に小さな島で、カイリがパオプの実を見上げていた。彼女を赤く染め上げる西日の眩しさに、リクは顔の上に手を掲げて目を細めた。

――ああ、好きな人がいるんだな。

パオプの実には言い伝えがある。『その実を食べさせあったもの同士は、どんなに遠く離れても必ず結ばれる』。セルフィもロマンチックで憧れると、よくため息まじりに話している。おそらくはカイリにも、パオプの実を分け合いたい相手がいるのだろう。そういえば、ソラもよくああやってパオプの実を見上げている。
「とってやろうか?」
「リク!」

後ろから声をかければ、カイリが弾かれたように振り返った。カイリの驚いた表情が見る見るうちに夕日に負けないくらい真っ赤に染まっていく。
「えっ、いや、あのね!」

大慌てで体の前で両手を振る様子に思わず笑みがこぼれる。
「試してみたいんだろ?」

パオプの木に手をかけながら、からかうように言えば、可愛らしいことにカイリはますます慌ててみせた。
「ち、ちがうの。あたし、別に」
「遠慮するなって、ほら」

くにゃりと曲がった木の幹に立ってパオプの実を投げ落とす。受けとめたカイリは一瞬嬉しそうに微笑んだが、すぐに表情を曇らせてしまった。
「ごめん、リク。だけど、あたし――」
「わかってるって。ソラと試してみたいんだろ」

カイリはうつむいて両腕でパオプの実を胸に抱きしめた。
「知ってたの?」
「見てればわかる」

肩をすくめて答えれば、カイリはパオプの実を抱く両腕にぎゅっと力を込めた。
「あたし、リクを好きになれば良かったな」
「そういう言い方って一番残酷だと思うぞ」
「リク?」

不思議そうに見上げてくるカイリの頭を、幹から降りたリクが撫でる。
「冗談だよ、気にするな」

カイリは、少し考えてパオプの実をリクに差し出した。
「あたし、やっぱりいいよ。リクがとったんだし、リクの好きな人にあげて?」

――たった今、その人に受け取りを拒否されたんだけどな。

カイリが差し出したパオプの実を受け取って、リクは内心で苦笑した。これが一緒に食べようと言うセリフ付きで渡されたのならとても嬉しいのだけれど、現実は容赦無い。
「いいのか?」
「うん。やっぱり、人にとってもらったものじゃダメだと思うから」
「そうか」

それ以上の言葉が出てこなくて、二人の間に妙な沈黙が流れた。
「リク! カイリ!」

ソラの元気な声が聞こえてきて、リクはホッと胸を撫で下ろして振り返った。

 

夕焼けの中に静かにたたずむリクとカイリは、ずいぶんといい雰囲気に見えた。なんとなく近づきがたいものを感じて、ソラはできるだけゆっくりと橋を歩いた。

カイリが大事そうに抱えていたパオプの実を差し出し、リクがそれを受け取ったのを見て、ソラは心の中で「あっ」と、声を上げた。

とられてしまう、と直感的に思った。

もちろん、リクとカイリがパオプの実を食べさせ合うのなら、ソラに文句を言う権利なんてない。それに、二人には幸せになってほしいとも思う。だけど、それでも――。
「リク! カイリ!」

名前を読んで走り出せば、振り返った二人ともが笑顔で手を降って迎えてくれる。ソラはホッと胸をなで下ろして、地面を蹴り出す足に力を込めた。

三人で沈む夕日を眺めながら、いろいろ話した。船でどこまで行けるのかとか、別の世界のこととか、この世界のこととか。

帰り際、リクに呼び止められて振り返ると、すぐ目の前に何かが飛んできて、ソラは慌てて手を伸ばした。取り落としそうになりながら、なんとか受け止める。
「おまえ、これが欲しかったんだろ」

視線を下げて、受け止めたものが何か確かめる。両手に余るほどの大きさの、黄色い星形の木の実。
「パオプの実――」

たぶん、さっきリクがカイリから受け取ってたやつだ。
「『その実を食べさせあったふたりは必ず結ばれる――どんなに離れていても、いつか必ず』。試してみたかったんだろ?」
「な、なに――」

突然のことに頭がついていかない。そりゃ、確かにいつか試してみたいとは思ってた。でも、これはリクがカイリから受け取ったやつで、そこには、きっとカイリの精一杯の勇気と思いが詰まっていて、それを俺によこすって事は――。

戸惑うソラを置いて、リクが笑い声を上げながら小舟へと走っていく。ソラは口をとがらせて手の中のパオプの実を睨みすえた。まさかカイリに返すわけにもいかなくて、ソラは混乱する考えと一緒にパオプの実を波に捨てた。

そうして家に着いた頃には、そのことをすっかり忘れてしまっていた。だから、次の日ビーチレースを始める時に、リクがパオプの実のことを言い出したのにソラは面食らった。
「俺が勝ったら船長な。おまえが勝ったら――」
「カイリとパオプの実を食べる」
「は?」

早口の小声でリクに言われて、ソラは目をしばたたいた。
「いいだろ? 勝った方がカイリとパオプの実を食べさせあうんだ」
「な、なに言って――」

なんで今それを勝負に賭けるのか分からない。わざわざ「勝ったら」なんて言わなくても、昨日食べればよかっただけだ。いったい、どういうつもりなんだろう。
「いい? 位置について……」

二人から離れて立っているカイリには、当然リクの声は聞こえなかったのだろう。審判役を買って出ていた彼女は口元に手を当てて準備を促すと、ソラの戸惑いなどお構いなしにスタートの合図を出した。
「3、2、1、ゴー!」

威勢のいいカイリの掛け声に釣られるようにして走り出す。走り出したはいいが、ソラは自分がどうすべきか迷っていた。 リクには勝たせたくない。絶対に。でも、自分が勝ちたくもない。勝つべきか負けるべきか決めかねて、ソラは結局負けてしまった。

ゴール地点に戻ってきたソラは、先に着いて偉そうに腕を組んでいるリクに話しかけた。
「約束どおり、イカダの名前はハイウィンドだからな」

勝ち誇った表情で言われて、カチンときた。さっきと言ってること違うじゃんか。
「なんだよ、それ! さっきの話はどうなったんだよ!」
「さっきの話? ああ、パオプの実のことか。冗談だよ、気にするな」

肩をすくめるリクを口をとがらせて睨みつける。リクがなにを考えてるのか、全ッ然わからない!
「あの時のおまえの顔……面白かったぞ」

誤魔化すようにリクが付け加えた。からかっただけだって言いたいのか? だったら、なんでパオプの実だったんだ? 自分は昨日、カイリと食べなかったくせに。そんなのおかしいじゃん。俺が勝ってカイリとパオプの実を食べるって、言い出したらどうするつもりだったんだよ!
「あ、」

ぶすっとしたまま黙り込んでいたソラが突然、何かに気づいたような声を漏らして、リクは首を傾げた。
「どうした、ソラ?」
「いや……」

呟いてソラは首を振った。

そうだ。たぶん、リクにはカイリ以外に好きな人がいるのだ。だから、昨日カイリから渡されたパオプの実をソラによこしたし、さっきのだってソラとカイリでパオプの実を食べるように仕向けたかったんだ。きっとカイリにカレシができた方が、リクには都合がいいのだ。

――でも、だからって、なんで俺なんだよ!

カイリの幼なじみだから? いつも一緒にいて手っ取り早かったから? 自分の気持ちをないがしろにされたと感じて、ソラは唇をかみしめた。

服の上から自分の胸元をぎゅっと掴む。奥の方が締め付けられたように痛んだ。
「本当にどうした、ソラ?」
「なんでもない!」

心配そうに覗きこんでくるリクを慌てて振り払って、ソラは波打ち際のイカダへと急いだ。

イカダの上では、カイリがマストに寄りかかってなにか作っていた。
「ソラ、どうしたの?」

気配を感じて顔を上げたカイリがソラを見て不思議そうに首を傾げた。
「なんでもない。それより、なにを集めてくればいいんだっけ?」

ソラは握り拳で目元を拭って、殊更に明るい声を出した。
「もう、ちゃんとあたしの言うこと聞いててよね。いい、ソラが集めてくるのはねーー」

カイリが列挙する食料を聞きながら、ソラはぼんやりと彼女の手元を見ていた。
「これ? サラサ貝のアクセサリーつくってるの。昔の船乗りは、みんなサラサ貝を身につけてたから。旅の無事を願うお守りなんだって。ほら、見て」

視線に気づいたカイリが作り途中のお守りを掲げて見せてくれた。
「旅の途中で誰かが迷子になっても、必ず同じ場所に戻れるように。3人がいつまでも一緒にいられるようにね」

サラサ貝の細長い貝殻が四枚組み合わされている。器用につづり合わされた貝殻とカイリの笑顔に、なんでかソラは切なくなった。

こんなに可愛くて健気なカイリであっても想いが叶わないことがあるのだ。まして自分などの想いが叶う可能性は、きっと絶望的に低いに違いない。

ソラはあまりの息苦しさに、自分の胸はつぶれてしまったんじゃないかと思った。
「ソラ?」

うつむいて黙り込んでしまったソラの顔をカイリがのぞき込む。
「俺、カイリのことが好きだったら良かったのに」

そうしたら、リクの望み通りカイリとパオプの実を食べて、二人で幸せになって、こんな苦しい思いをすることなんてなかった。

ソラは息を殺してあふれてくる涙を堪えることに必死だった。だから、ソラのその言葉に、カイリがビクリと動きを止めたことに気づかなかった。

人を好きになると言うことは、どうしてこうもままならないんだろう。
「ソラ! カイリ! どうした?」

筏の上で二人して黙り込んでいると、少し離れたところからリクが声をかけてきた。また二人してさぼっていると思われたのかもしれない。
「ううん、なんでもないの!」

うつむいているソラをかばうようにカイリが大きく手を振って返事をする。リクは疑わしげに少し首を傾けたあと、肩をすくめて食料探しに戻っていった。どうやら見逃してくれるらしい。
「どうして一番肝心な人には、好きってなかなか伝わらないんだろうね」

目の前のソラのつむじを見つめながら、少しだけ恨みを込めてカイリが呟く。ソラは小さく頷いて、去っていく銀髪の後ろ姿を見送った。


序盤のリクさんって明らかにソラとカイリをくっつけようとしてるよね。
ついでに、2で再開した時の様子を考えると、ソラさんの中での重要度ってリク>カイリだよね。
KHUXやってて、KHブームが再熱しているので書いた。当初から思っていたことをやっと形にできました。
最初はもっとコメディテイストになるはずだったのに、なんでかなぁ。
以下メモ。最初のタイトルは「わかってくれない!」
戻る inserted by FC2 system