・『輪るピングドラム』と『少女革命ウテナ』に見る異界への入り口-メモ

 ・むしろ『輪るピングドラム』における境界の混乱

 『少女革命ウテナ』を見直してたら、結構丁寧に手順を踏んでいることに気がついたのでメモしておく。

 以下、『輪るピングドラム』は『ピングドラム』、『少女革命ウテナ』は『ウテナ』と表記。アイテム名ピングドラムは括弧書きなしのピングドラム、キャラクター天上ウテナは括弧書きなしのウテナと表記する。


・こちらの世界とあちらの世界

 こちらの世界(現実)とあちらの世界(異界=精神世界、死後の世界など)は違うという了解は誰しもが持っているものである。

 こちらの世界は現実の世界であり、顕在意識の世界であり、論理的な物理法則が支配する世界である。

 あちらの世界は非現実の世界であり、無意識の世界であり、非論理的なイメージが支配する世界である。通常、異界は場所として強く認識される。

 また、物語世界も異界であるといえる。こちら側に対するあちら側の世界である。正しく異界化された物語は、こちら側である現実を変える力を持つ。感動によるカタルシスや示唆、教訓や洞察などが主な力である。

・ハイファンタジーとローファンタジー

 こちらの世界が描かれずにあちらの世界だけで物語が進行するハイファンタジーに対して、こちらの世界とあちらの世界が並列して存在する物語をローファンタジーと呼ぶ。

 ハイファンタジーの代表は、J.R.R.トールキンの『指輪物語』やエミリー・ロッダの『ローワン・シリーズ』などが挙げられる。

 一方、ローファンタジーの代表には、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』やJ.K.ローリングの『ハリー・ポッター・シリーズ』などが挙げられるだろう。

・ローファンタジーのルール

 ・異界への入り口が必ずある

 こちらの世界では起こり得ないことも、あちらの世界では起こり得る。こちらの世界とあちらの世界は本来ならば交わらず、厳密に区別されている。

 そのため、ローファンタジーでは必ず異界への入り口が用意されている。

 ・黄泉平坂やアリスのウサギ穴、千と千尋の神隠しのトンネル、ハリー・ポッターシリーズの9と3/4番線などの『くぐり抜ける』『通り抜ける』イメージ。

 ・ほんの少しだけいつもと違うことが起きる『日常がブレる感覚』(「腕時計を忘れてきた」から始まる『悲しみの時計少女』)。

 いつもと違う。明確にできないけれど『何か』が違う、おかしい。と、登場人物が強く意識することが重要。

 ・これらは「これからいつもと違うことが起きるぞ」という予感(読者の了解)を取り付ける為のもの。

 ・これらの入り口が用意されていない『ピングドラム』

 『ピングドラム』ではこの異界の入り口が意識的ではないし、明確でもない。その為、作り手・視聴者ともに画面上の表象がこちら側のものなのか、あちら側のものなのか、混乱している様に見受けられる。

 例外に当たるのが9話。『エレベーター』という入り口と『夢から醒める』という出口が明確に用意されている。コンテ・脚本とも同じ人。おそらくファンタジーの読書経験・視聴経験が豊富で異界と関わる際の約束事がわかっている人なのだろう。


・『ウテナ』における異界への入口と異界からの侵食

 異界が侵食してくる『ウテナ』において入り口が意識的に用意されたものなのか、偶然なのかは少し疑問だが、少なくとも明確に入り口が用意されている。

・決闘広場への扉と階段は異界への入り口

 薔薇の刻印(指輪)を鍵として開く特殊な扉と重力を無視して建てられている階段。扉はこちら側にもあるものだが、特殊な開き方はあちら側のもの。階段は『場所を繋ぐもの』でトンネルと同じ役割。おまけに重力を無視して斜めに立っている様子はあちら側のもの。

 扉と階段でこちらとあちらが混ざり合い、決闘広場は完全にあちら側の場所。ゆえに、「決闘広場では何が起こっても良い」ことが作り手と視聴者の間で了解される。

 ・なぞ現象が確認される生徒会室は異界。入り口はエレベーター。

 エレベーターは『場所を繋ぐもの』でトンネル・階段と同じ役割を持っている。

 ・黒薔薇編の告白昇降室(エレベーター)も同じ。

  ・最終的に根室記念館自体が異界であったと示される。

 ・アキオカー編で決闘広場への入り口にもエレベーターが導入され、理事長室へもエレベーターで移動する

 つまり「現実を見せてやる」という暁生さんのセリフと共に「決闘広場は実は理事長室だった」ことが明かされるが、これも現実を名乗っているだけで本質的には「異界のできごと」。


・境界線上の存在

 ・鳳学園の形

 前方後円墳、つまり墓の形をしている。墓は死者の眠る場所。墓自体が異界である死者の世界とこちらの世界が交じり合う場所である。

 ・影絵少女

 「顔が見えない影だけの存在」である影絵少女は異界的だが、影自体はこちら側のものでもある。また、影自体が異界への入り口となる場合もある(モンスターが影の中から現れる表現が代表例)。

 ・かつてウテナを救った王子様の記憶(アバンのお伽話風=異界、ウテナの記憶=こちら側の世界)

 お伽話風に語られる過去はあちら側の世界のことだが、こちら側のウテナが子供の頃のこととして回想することで、こちら側の出来事として侵食してきている。


・境界線上の存在によって、鳳学園全体が視聴者に異界として認識され始める

 ・七実のシュールなギャグ

  ・でんでん虫→アオダイショウとマングース→生たこ→暴れ馬・暴れ牛・暴れカンガルー→カレーが爆発して人格交代→牛化する→女の子が卵を生む、と段階を踏んで過激になっていく七実の役割は重要

 筆箱にでんでん虫を入れる嫌がらせが「ぶっ飛んでるが実現可能」であることに注目して欲しい。嫌がらせ道具の入手難易度がだんだん上がり、途中で「物理的に実現不可能だが、アニメではよくあること(爆発で人格交代)」という段階を経て、最終的に「七実関連はなんでもあり」と視聴者に了解される(七実関連の事象が異界化される)。

 ・影絵少女へのウテナの介入。影絵少女も手だけ実体化している(2話、特に34話)

・最終話までに『少女革命ウテナ』自体が異界の話(鳳学園全体が異界)であることが作り手と視聴者の間で(無意識的にでも)了解されている

→奇抜に見える『ウテナ』の映像演出が実は異界へ入るための丁寧な手順を踏んで行われているのがわかる。


・異界の手続きが弱い『ピングドラム』

 ・『ピングドラム』には場所の感覚が足りない。

 人は異界を「場所・空間」として強く意識している。人は「場所」は自由に移動できるが、「時間」は自由に移動できないため「時間」の異界は意識しにくい。

 「場所」としての異界への入り口は同時にこちら側への出口である。つまり、場所を移動することは異界からこちら側の世界へ戻ってくることになる。

 決闘広場や生徒会室という場所(=異界)では何が起こっても構わないが、その場から離れれば、異界のルールは適用されないことが無意識のうちに了解されている。

 『ピングドラム』は「場所」の異界感覚が弱く、どちらかと言うと「時間(過去)」が異界として意識されている。しかし、一般に「場所」よりも異界意識が弱い「時間」を扱いながらも、『入り口』や『儀式』といった『異界への入り口』への意識がかなり弱い。

 ・異界の表象

 ピングドラム、桃果の日記、プリクリ、ペンギン、リンゴ(KIGA APPLE)、サネトシ、ダビデ像、こどもブロイラー、ピクトグラムのモブなど。

 これらは、「現実ではありえない・超常的な力を持っている」という点において、あちら側のものとして認識されるものたちである。

 ・『儀式』による異界化

 「生存戦略!」のセリフと続く映像は異界への入り口としては必要十分を満たしている。

 「生存戦略!」のセリフと続く映像は『儀式』である。『儀式』で異界に入ったのならば、『儀式』でこちら側に戻ってこなければならない。一般的なのは『夢から醒めること』である。『ピングドラム』は『帽子をとる』が『儀式』に該当する。

 ・回想板と発車ベルが異界化に失敗したわけ

  ・過去という異界の難しさ

 一般的に過去というのはこちら側の世界に属している。歴史や自分の過去を振り返って、そこで起こったことを異界で起こったことだと感じる人はいない。だが、例外がある。それは『不思議な記憶』だ。『現実に起こったとは思えないような過去の記憶』は異界足りえる。ウテナの持っている王子様の記憶や「バラの物語」としてディオスが語る過去がこれに当たる。

 『ピングドラム』の回想板のマズイところは、それらで語られる過去が大部分において写実的で、『現実に起こったとは思えないような過去の記憶』と視聴者に了解されないことにある。回想板を挟んでも殆どの人は『普通の過去の記憶』として映像を見たはずだ。

 また、発車ベルを挟んで現在軸に戻ってきた人物が極めて冷静な状態であるのも『普通の過去の記憶』に拍車をかける。これが『夢から醒めた状態』なら印象は変わったはずだ。

 回想板だけでは異界化の儀式として弱すぎるのだ。また、ピクトグラムのモブや95な謎空間の地下鉄など、異界化の手順をまったく踏まない表現も多々あり、それらがより『儀式』としての回想板の力を弱めている。

 ・手順を踏まない異界の力。桃果の日記、記憶を消す玉、リンゴ(KIGA APPLE)、95な謎空間の地下鉄

 リンゴ(KIGA APPLE)が回想以外でも出ていたか少し自信がないのだが、これらは特に『入り口』や『儀式』を経由しないで表象される異界の力(超常的な力)である。

 手続きをしないで取り出した異界の力は危険である。これら裏書のない異界の力は、物語に対する信憑性のなさとリアリティラインの崩壊をもたらす。事実、『ピングドラム』視聴者は「どこまでが(物語的な)現実で、どこからがキャラクターの幻想なのか」の判断に苦心している。私も、15話のダビデ像やノミの表現はかなり混乱した。

 また、運命の乗り換えができる桃果の日記やマサコが使う記憶を消す玉は出処が判らず、何故そのような超常的な力を持つのか説明されない。これらは物語世界のリアリティラインをぶち壊す。要するに物語自体が信憑性を失い「所詮つくり話なんだから、なんでもあり」という状況を作り出す。これは正しい異界化の手順ではない。

 荒唐無稽な作り話は異界足り得ない。『輪るピングドラム』は自らの異界化に失敗した。

2016/05/19
2016/08/30 修正

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